OURPATH

白金の軌跡

時代が変わるたびに、求められる技術も、社会の基準も変わってきました。
白金鍍金工業は、その変化から目をそらすことなく、お客様の声と現場の課題に向き合い続けてきました。

1949–1968

創業・基盤形成期

鍍金需要に応え、技術の土台を築いた時代。

1949年、名古屋市昭和区白金の地にて、笹野藤次郎が白金鍍金工業所を創業。

家族経営に近い規模ながら、東芝をはじめとする電機部品の鍍金を手がけ、高度成長期の旺盛な需要に応えながら鍍金技術の基礎を積み上げていきました。

「一人ではできない仕事」を支える現場力が、この時代に育まれました。

1969–1980

プラスチック鍍金挑戦期

鍍金需要に応え、技術の土台を築いた時代。

1966年に守山区天子田へプラスチック鍍金工場を設立し、1969年には全自動プラスチックめっき装置を導入。

当時は前例の少ない分野で、試行錯誤が続きました。

1978年から1979年にかけて設備体制を再整備。この経験を通じて、設備管理・安全・環境への意識が強く根づいていきます。

1981–1994

事業拡張・環境対応期

量産対応と環境配慮を両立し始めた時代。

量産化が進むなかで、環境負荷低減にもいち早く着目し、1985年にはノーシアン化に取り組み始めます。

1991年、大森工場改築を機に自動車部品分野へ本格参入。

1994年には全自動めっき装置を導入し、全国の遊技機メーカーの基本色となる加飾技術を確立。

品質と生産性の両立が、会社の強みとして形になりました。

1995–2008

多角化・品質体制確立期

挑戦と選択を重ね、信頼を積み上げた時代。

ゴルフクラブ、電子部品、携帯用UV塗装など多様な分野に果敢に挑戦。

成功と撤退を繰り返しながら、「量産に耐え、継続的に価値を生む技術」を見極めていきました。

2002年にはISO14001、2003年にはISO9001を取得。

品質と環境を軸としたマネジメント体制を整備。

2009–現在

統合・進化期

一貫体制と次世代技術で“選ばれ続ける会社”へ。

2009年、本社を守山区花咲台へ移設。

成形・塗装・組付けまでを含めた一貫生産体制を強化し、2017年には中国事業から撤退。

国内での品質・環境対応に経営資源を集中させます。

自動検査機の導入、成形設備の増強、排水リサイクルへの取り組みなど、技術と環境の両立を進化させながら

ニッケルフリー、六価クロムフリー、機能めっきといった次世代の表面処理に挑み続けています。

Future

未来

表面処理の役割を広げ、
持続可能な価値を生み出す時代へ。

自動車・電子部品分野を中心に、表面処理には、環境対応・機能性・品質保証といった要素が、これまで以上に求められるようになるはずです。

装飾を目的としためっきにとどまらず、機能そのものが価値となる表面処理へと事業の軸を広げています。

環境負荷やアレルゲンに配慮した技術の量産化にも取り組み、品質面では、安定した量産と再発防止の両立を見据えた現場づくりを通じて、継続的に信頼される品質の実現を目指しています。

白金鍍金工業はこれからも、時代の要請から目をそらすことなく、表面処理の可能性を一歩ずつ広げていきます。

slogan

2040年に向けた スローガン

あっこんなところにも白金鍍金!!
多彩な製品で、もっと身近な存在へ!!

白金鍍金は、多彩な表面処理技術と、協力会社との強固なパートナーシップを通じて、社会やお客様の課題に新しい価値を生み出す会社です。自社設備だけでなく、信頼できる協力会社の設備・技術も柔軟に組み合わせることで、携わる製品の幅をさらに広げ、“気づけばこんなところにも”と言われるほど、暮らしのあらゆる場面で存在感を高めています。

これからも幅広い技術力を磨き、企画段階から相談される頼れるパートナーとして、より良いものづくりに貢献していきます。

挑戦を続けることで社員一人ひとりが成長と充実を実感し、誇りを持って働ける会社へ。

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